2012年4月22日日曜日

着物の時間 その4

桜も散ってしまって、今日は薄ら寒い一日でした。近くの沼に散歩に行きましたが、マウンパが必要でした。しかし、ツバメが元気に飛び回り、せっせと巣の材料を集めていました。
お茶のお稽古を始めたのと、母の残してくれた着物があることで、急に着物を着る機会ができました。難しいと思っていた着付けもどうにかできるようになりま した。そんな時に「きもの自在」という鶴見和子さんの本をみつけました。20年くらい前の本ですが、たいへん面白かったです。着物に対する考え方がファッ ションということでなく民族衣装ととらえ、日本の日常の女性の衣服と位置づけていることに共感しました。そして、民族学の柳田国男の説を引用したり、民芸 運動の柳宗悦の活動とリンクしていたりして、国際的な文化人類学者としての理論が展開している事は興味深いものでした。また、彼女の身の回りの日常的な着 物へのかかわりが平素で丁寧なことも感動しました。年をとっても着物とともに背筋をしゃきっと伸ばして、生活する姿は見習いたいと思いました。また、鶴見 和子の学者としての仕事にも興味を持ったので、少し著書をよんでみようと思っています。

2012年4月15日日曜日

着物の時間 その3

桜の満開も今日までかもしれません。いたるところで桜の花の咲き誇る様子がみられるのは不思議なものです。どうして、一度に咲いてしまうのか、、。順番に 少しずつという訳にはいかないのですね。一気に咲ききろうとするエネルギーと散り際の潔さが日本人の好みなのでしょう。今年も桜を満喫しました。そして、 この美しさをどうにか記憶にとどめたいと願っても、やはり時間とともに消え去っていく、もう桜ではなくなっていく木々に無常まで読み取ることがあります。
母の着物で不思議なのは、大島紡ぎが3着も出てきました。それも似たような柄で、羽織も作られています。まだ、仕付け糸がついている状態です。自分で着る にしては、おかしなものです。私たち三姉妹のために作っておいたようです。しかし、今時、大島紡ぎで生活するような女性はいないのに、どうしてなのでしょ う。私たち3人に小紋や付け下げ、振り袖などの晴れ着になるような着物を二十歳前後に作ってくれました。そして、結婚するときに持たせてくれたのですが、 大島の事は聞いていませんでしたので、母の意図するところがわかりません。これを着てお正月でも過ごしてほしいと思っていたのでしょうか。残された大島紡 ぎは高価なものではないようですが、時代遅れのように思えて、どうしようかと考えています。定年後、私が着るのがいいのでしょうね。
母は何も言わずに箪笥にしまっておいたままでした。