2010年9月26日日曜日

彼岸の墓参り

我が家では彼岸の墓参りは彼岸あけのハシリクチという日に行く事になっている。このハシリクチの意味が未だに解らない。中日は解るが、これでは最終日とは考えられないし、むしろ彼岸の入りに当たるようにおもうのだ。お盆も送りは最終日の16日だし、それも夕方の日暮れに送るようになっている。地域やそれぞれの家によって決まっているようだ。
父は亡くなって5年になるのだが、実感はない。母はもう墓参りも行けないといって、ここしばらくは私たち娘が行くようになった。このままだと、娘もみな家を出ているので,この墓はいずれ墓参りをする人もいなくなるわけだ。こうして、父が建てた墓はたった一代かぎりで、墓を守る者もいない事になる。両親は大騒ぎをして建てた墓だった。母にすれば自分も入り墓と思ったのだろう。しかし、娘たちには墓守はどうするのだろう、と考えてしまった。
今日は夫もつき合ってくれて、墓前でお経を上げてくれた。彼は自分の母親が亡くなってから、独学でお経を勉強し、唱えられるよになったので、お坊さんの代わりに、いつも唱えてくれている。
秋にふさわしい、彼岸の墓参りだった。墓場には私たち二人だけだった。

2010年9月25日土曜日

寒がり

今年の秋は突然やって来ました。先週の水曜日は35度くらいの猛暑だったのに、木曜日には一転して冷たい雨と風、20度以下になったでしょう。そして、今日はどんより曇り空に空気は冷たく、まるで初冬の気温です。ストーブをつけたいのですが、今からでは先が思いやられるので床暖のカーペットにスイッチを入れました。これから長い冬かと思うと憂鬱です。
寒がりは小さい頃からでしょうか、特に足が冷えます。布団に入っても足先は氷のようで湯たんぽを入れていました。あんかだったこともあります。不思議なことに足が暖かいと体も暖かくなるんですね。昔のことですから電気毛布はありません。固いふとんだったと思います。最近,羽毛かけふとんを使い始めて、なんて暖かいんだろうと感激します。昔から王侯貴族はこういうものを使っていたのだから贅沢だよなー。そして、ムートンのシーツを使い始めて、ますますベットは暖かです。これも遊牧民とかモンゴルとかはこれで暖かいんだ、と納得しました。従って、寝床は暖かになりました。
しかし、職場は寒い。あのファンヒーターというやつは上の方だけ温風が吹き出した、足下は冷え冷えしてまうのです。おまけに乾燥がすごい。あー、寒がりの私の戦場は酷寒のシベリアのようなのです。?

2010年9月20日月曜日

敬老の日

この日、やたら老人をとり上げるマスコミ。日本は十分に高齢社会になっている現実からすれば、高齢者はもう十分に発言力なりパワーなりを発揮すべき時なのではないか。
私も老いを意識し、介護や遺産や相続や、はたまた娘の行く末まで思うようになっているのだから、やはり切実である。
しかし、打つ手があるようで,実はまったくの不確かというのが事実だろう。私でさえ、明日を知る由もない。生、老、病、死、この四苦に無条件で納得し、覚悟し、悟ることができようか。
宗教教育といかなくとも、少なくとも限りある生命であることを、もう少し前に自覚し、恐れおののく自分に向き合う機会が必要だったかもしれない。
母の今をここ数年見て来て、やっと自覚できた次第だ。親とはそのような最後の教育もしてくれる者なのかもしれない。
さて、私は娘にどのように映っているだろう。そして、どのような老母となって行くだろう。ここも未知の世界だ。

2010年9月19日日曜日

日記を書かない 言い訳

もう、秋になってしまいました。日記を書くことをずいぶんさぼってしまいました。のんびり日記と最初から,言い訳がましいのもいけません。
 日常を丁寧に生活すること。大切に考えること。
一行でも感じたことは表現してみること。
つまらない事も、もしかしたら意味があるかもしれない。
私が避けていることに勇気を持って直視し、私の主張そしよう。