2010年12月26日日曜日

冬のあったか料理

今年も後わずか、、。こういう挨拶がかわされると、なんだか落ち着かなくなります。一年が終わるわけではない。時間が終わってしまうわけではない。焦るこ とはない。と平静を装います。年賀状はなんとか片付けた。仕事も区切りをつけた。クリスマスも終わって、あたらしい日記帳や手帳、カレンダーをそろえた。 うーん、大掃除はさぼろう。なにしろ一週間前にウィルス性の下痢にやられて、食欲はあるが、心配だ。だから無理はしない。嫌な事はしない。なーんて、今年 も相変わらずのわがままかな?
冬になると我が家はけんちん汁を作ります。これはこの地方の郷土料理です。もともと私の実家では作る習慣はなかった のだが、ダーリンの地域はこれが冬の定番料理で、これがあるば大丈夫という事なのです。材料は里芋、大根、人参、ごぼう、こんにゃく、豆腐、豚肉、ネギと 野菜がいっぱいの汁物です。たっぷり作って、火を入れながら一週間は食べ続けます。ダーリンはこれに御飯を入れたり、ひもかわを入れたりして食べるのも好 きです。そして、けんちんうどんというメニューはこの辺りのうどん屋では冬の売れ筋です。私はこれをもう結婚以来、25年ちかく作っています。ですから、 味はちょっと自信あります。あまり、料理が上手でない私、このメニューがあって良かった。

2010年12月8日水曜日

ハッピークリスマス

 今日、12月8日はジョンレノンの命日になります。生きていれば今年70歳のおじいさんになります。ジョンはどんな老人になったかしら?あのメガネも変わらなければ、そのままのジョンのような気もします。
そういえば、ジョンには老成した仙人のような風貌が若い頃からあったような気がします。声も細く繊細でした。そして、亡くなった時が40歳だったというのも驚きです。
また、ジョンのハッピークリスマスのプロモーションフィルムを見ると、改めてジョンの視線の鋭さと苦悩を知る思いです。アンハッピーな映像が続くなかで、 この歌詞の願いがより深く感じられて、胸がつまります。あれから30年が過ぎたというのに、世界は決してハッピークリスマスではありません。ジョンの祈り を今年も胸に刻むように、私はこの季節を過ごしたいと思っています。

2010年11月27日土曜日

マイ チューリップ

今年、初めてチュ−リップの球根を植木鉢に埋めました。チューリップは小学校の音楽の時間に最初に習う歌だっと思います。ですから、どうしても庭にチュー リップが欲しくて母にねだったことを覚えています。奇麗な色、面白い形、それに名前がかわいい。ですから、春にはいつも庭にチュ−リップは咲いていまし た。ただ、球根は花を咲かせるとやせてしまって、次の年には花をつけることが出来ません。従ってチューリップは一年かぎりでおしまいです。そして、花の期 間も短いです。せいぜい一、二週間でしょうか。花の命は短くて、かわいそうな気もします。
ですから、ダーリンはあまりチューリップを好みません。それに結婚してからはアパート暮らしで庭もないので、チューリップを植える事はありませんでした。
やっ と一戸建ての家を持て、ささやかな庭も出来ましたが、チューリップを植える事はなかったのです。しかし、私はチューリップが好き。今年、球根を新聞配達の お店で無料配布があったので、すぐにとんで行きました。そして、私の植木鉢に植えました。うれしいです。日当りのいい二階のベランダに置いて、水をあげ て、毎日、芽がでないかなー 
と眺めています。植物への思いもよらぬ愛情?に目覚めたんです。冬の寒さを乗り越えれば、春、可愛いチューリップを目にする事が出来るでしょう。とても楽しみにしています。

2010年11月14日日曜日

二人の生活

今日はおだやかな秋の一日でした。
こうして、習慣化された月日が日常となっています。娘は大学を卒業して、東京に就職しました。住まいも都心に近 いアパートに一人暮らしなので、めったに帰って来ません。突然のことに最初は戸惑っていましたが、最近は慣れて来ました。むしろ、彼女が帰って時の方が疲 れてしまいます。
こうして、また二人の生活に戻ったという事でしょうか。そして、二人ともしっかり自分の役割を認めあっているような気もします。
も ともと、お互いを尊重することから始まった私たちの結婚は私が仕事を続ける事、子供を持つ事、家を建てる事、娘をどう教育したいか、など私なりの考えが あったので、彼には伝えました。意見がぶつかる事もありましたが、大部分を彼が譲歩してくれたように思います。私はラッキーだったのかもしれません。しか し、運が良かったという事でなく、年月とともに忍耐と寛容さをわたしも身につけていったと思います。そして、私たちの価値観が似ていたのは偶然ではなかっ たと思います。
お見合いではありませんでしたが、共通の知人を通じて知り合ったことは、見合わせてくれた人の価値観と同調していたわけで、無理なく生活できる基本がここにあったと思います。
燃えるような恋 に憧れていましたが、それは私の趣味ではなかったのです。きっと、、、。
さて、娘はこのような両親から生まれたわけですから、のんびり自分の主義主張をにじませる女の子になって行きました。彼女がどんな恋いをし、どんな失恋や人生を選択するのか、そんなことが気になっています。

2010年10月24日日曜日

バードウォチング交際

 私たち夫婦は週末、近くの沼や林に鳥を見に出かけるのを趣味としています。ついでに歩くことで運動不足も解消しようと言うわけです。すると、かならず同好の人物に遭遇するわけですが、ここはあたりさわりのない挨拶と鳥の情報交換程度にとどめます。ですから自己紹介して名前や住所、職業を明かす事はまず、ありません。また、押し付けがましく鳥の説明などするのもいかがなものかと双方、遠慮します。いたって、フラットでさっぱりとした会話でしょうか?一期一会のまじわりでしょうか?そして、私たち夫婦も野鳥の会に入るとか、地域の自然保護団体に加入するとか、一切していません。あまり拘束されるのも、この年では嫌なんですね。同好の諸氏も同じような傾向のようで、多くは一匹おおかみ的でひとり、双眼鏡をのぞき、三脚にレンズ、デジカメをセットしじっとたたずんでいます。軽く会釈して、今日は何がみえますか? なんて一言二言、会話するだけです。
でも、私はそんな関係が好きです。邪魔しないように、鳥の方へ視線を送りながら、さりげなく行き過ぎる。
そんな交際?のなかで、鳥の写真をブログに紹介し、また日常の季節の花や虫、自然をのせていた方が突然、ガンで亡くなりました。わずか一ヶ月の闘病でした。顔も知らない、会った事もしゃべった事もない人でも、この死はショックでした。写真や文章から人となりは感じられますから、、、。ガンの告知を受けてからの彼になんとコメントしていいのか、迷い悩みました。
人生の最後を迎えるかもしれない人に、本当にむずかしと思いました。はかない人生と、後にのこされる膨大な記録?このバランスにむなしさを感じます。パソコンの中に生まれたささやかな交流の糸はこの後、ちりじりに消えて行くのでしょうか。
今日は静かな沼ににぎやかな鴨の声が 楽しげでした。散歩する人、ジョギングする人、釣りする人、、。のんびりと歩きました。

2010年10月10日日曜日

サッカー 日本

サッカーに興味をもったのは、ワールドカップのフランス大会からでしょうか。ですから最近のことです。テレビの放送が始まって、世界大会の様子が見えるとこりゃ、オリンピックよりおもしろそー。と言う事になりました。中田がデビューした頃です。そして、日韓大会、こんなに早く、外国選手がみられるなんてうれしー、と興奮しました。イギリスのベッカムが大人気でした。私はオーエンやヘスキーといった選手に注目でしたが、、。ブラジルが強かった。ロベカルなんてかっこよかったな。トルシエジャパンも思いのほかやってくれたと思いました。稲本のゴールは印象的だったかな。ついで、ドイツ大会ですがジーコジャパンにはガッカリでした。予想外につまらなかった。フランスのジタンの退場は印象的でした。
そして、アフリカ大会、岡田ジャパンのコチコチの様子に大丈夫と思っていたら、なんとかベスト16までいったのだから幸運だったのかな。

ルールもよくわからないのになにが面白いのか。まずテレビが面白くないので、他に見る番組がない。時間いっぱい楽しませてくれるエキサイティングでユーモラスで感動的、爽快感が味わえて、若々しくなれる。大声が出せて、乱暴なことばもゆるされる。ストレス解消と達成感を味わえる。などなど、、。スポーツオンチでまったく運動には向いていない私が単純明快なサッカーを好む理由はまったく単純だ。さらに世界大会が面白い、そこには営利追求も下世話なクラブ経営の影も見えない。愛国心とまでは行かなくとも,少なくとも自国の誇りをみせねばならない。そこも面白い。
次のブラジル大会まで、長いようで意外と短いような気がする。私も年取ったので、あと何回、ワールドカップを見られるか、なんて考えてしまうのです。

2010年10月3日日曜日

バードウォティング

10月になって、やっと秋らしくなりました。今年の夏は本当に異常でした。地球温暖化やら環境破壊やらエコだのと叫ばれていますが、どう考えてもそれだけではないでしょう。いずれにしろ、その夏が終わったという感がやっと10月に入って感じられます。ヤレヤレというのが本音です。
そして、双眼鏡を肩にさげ、沼に出かけました。いました。鴨が、、。2週間前にはまったく水面にはなにもなかったのが、たくさんのカルガモが浮かんでいます。あの暑さも何もなかったかのように、のんびりとしています。不思議ですね。何時、やって来るべき時を知るのでしょう。例年とは全く違う、気温であったのに、本能というのは定められた掟であっても、状況に応じた反応が出来るのですね。明日の天気予報もままならない人間に比べ、なんと自然の ありのままを感知する能力にすぐれているのか、、。
あるいは、自然とは常に一定であるはずもなく、異常の連続かもしれません。その状態に則して生活を生んでいくことが、生きて行くことの掟なのかしら? なんて思ってしまいました。
鳥たちのなんと自由で素直で美しい事か。これから、沼はますます多くの鳥たちがやって来て、活気に満ちて来ます。寒くなりますが、熱いです。

2010年9月26日日曜日

彼岸の墓参り

我が家では彼岸の墓参りは彼岸あけのハシリクチという日に行く事になっている。このハシリクチの意味が未だに解らない。中日は解るが、これでは最終日とは考えられないし、むしろ彼岸の入りに当たるようにおもうのだ。お盆も送りは最終日の16日だし、それも夕方の日暮れに送るようになっている。地域やそれぞれの家によって決まっているようだ。
父は亡くなって5年になるのだが、実感はない。母はもう墓参りも行けないといって、ここしばらくは私たち娘が行くようになった。このままだと、娘もみな家を出ているので,この墓はいずれ墓参りをする人もいなくなるわけだ。こうして、父が建てた墓はたった一代かぎりで、墓を守る者もいない事になる。両親は大騒ぎをして建てた墓だった。母にすれば自分も入り墓と思ったのだろう。しかし、娘たちには墓守はどうするのだろう、と考えてしまった。
今日は夫もつき合ってくれて、墓前でお経を上げてくれた。彼は自分の母親が亡くなってから、独学でお経を勉強し、唱えられるよになったので、お坊さんの代わりに、いつも唱えてくれている。
秋にふさわしい、彼岸の墓参りだった。墓場には私たち二人だけだった。

2010年9月25日土曜日

寒がり

今年の秋は突然やって来ました。先週の水曜日は35度くらいの猛暑だったのに、木曜日には一転して冷たい雨と風、20度以下になったでしょう。そして、今日はどんより曇り空に空気は冷たく、まるで初冬の気温です。ストーブをつけたいのですが、今からでは先が思いやられるので床暖のカーペットにスイッチを入れました。これから長い冬かと思うと憂鬱です。
寒がりは小さい頃からでしょうか、特に足が冷えます。布団に入っても足先は氷のようで湯たんぽを入れていました。あんかだったこともあります。不思議なことに足が暖かいと体も暖かくなるんですね。昔のことですから電気毛布はありません。固いふとんだったと思います。最近,羽毛かけふとんを使い始めて、なんて暖かいんだろうと感激します。昔から王侯貴族はこういうものを使っていたのだから贅沢だよなー。そして、ムートンのシーツを使い始めて、ますますベットは暖かです。これも遊牧民とかモンゴルとかはこれで暖かいんだ、と納得しました。従って、寝床は暖かになりました。
しかし、職場は寒い。あのファンヒーターというやつは上の方だけ温風が吹き出した、足下は冷え冷えしてまうのです。おまけに乾燥がすごい。あー、寒がりの私の戦場は酷寒のシベリアのようなのです。?

2010年9月20日月曜日

敬老の日

この日、やたら老人をとり上げるマスコミ。日本は十分に高齢社会になっている現実からすれば、高齢者はもう十分に発言力なりパワーなりを発揮すべき時なのではないか。
私も老いを意識し、介護や遺産や相続や、はたまた娘の行く末まで思うようになっているのだから、やはり切実である。
しかし、打つ手があるようで,実はまったくの不確かというのが事実だろう。私でさえ、明日を知る由もない。生、老、病、死、この四苦に無条件で納得し、覚悟し、悟ることができようか。
宗教教育といかなくとも、少なくとも限りある生命であることを、もう少し前に自覚し、恐れおののく自分に向き合う機会が必要だったかもしれない。
母の今をここ数年見て来て、やっと自覚できた次第だ。親とはそのような最後の教育もしてくれる者なのかもしれない。
さて、私は娘にどのように映っているだろう。そして、どのような老母となって行くだろう。ここも未知の世界だ。

2010年9月19日日曜日

日記を書かない 言い訳

もう、秋になってしまいました。日記を書くことをずいぶんさぼってしまいました。のんびり日記と最初から,言い訳がましいのもいけません。
 日常を丁寧に生活すること。大切に考えること。
一行でも感じたことは表現してみること。
つまらない事も、もしかしたら意味があるかもしれない。
私が避けていることに勇気を持って直視し、私の主張そしよう。

2010年2月23日火曜日

春ちかし

今日はすこぶる天気がよい。もう春の風、春の暖かさだ。のんびりとするにはもってこいだ。
ところが、今日の休みは母の通院のための休暇で私の自由になるものではない。こんな休暇の取り方が続いている。精神科の治療で母が鬱病と診断されて、十年近くなるだろうか。父が病気がちになり、入院や怪我が続くと、母もいっしょに病的な不調を訴えるようになった。特に父の認知証と骨折による入院はもう母の介護を超えていた。母には父を支える力はなくなっていた。父が入院しても見舞いにも行けなかった。それどころか鬱病で自分が入院してしまった。そして、父の葬儀にも参列出来なかった。以後、母には春のよろこびらしいものは訪れていない。金婚式まで、迎えた夫婦なのに、、。最後の別れさえ乗り越えられる出来事ではなかった。
それからの母は無力と無気力と不調を訴え続けるだけだ。
今日、春の気配を感じ取ってほしいと思い。話題にするが、ダメだった。しかし、せめて、美容院にいって髪をきり、すっきりとしたおももちになってほしかった。
春、芽吹き、花ほころび、風薫る、晩年の老齢にその息吹はどう感じられるのか。私にはわからない。しかし、思い出してほしい、若い春の日を、、。

2010年2月7日日曜日

大寒波

ここ数日、日本列島は大寒波にすっぽり覆われて、雪、風ともにすごい寒さです。
寒がりの私はこれだけで、消極的になります。最近は足先が冷たいだけでなくふくらはぎまで、凍り付く感じです。冷え性というやつだと思いますが、これは暖房では解決しそうにありません。つまり、体質改善が必要のようです。運動でしょうか?食事でしょうか?スクワットが効果ありとか教わりました。一日100回を目指して、毎日続ける。でも、これ私にとってはそうとう大変です。これからこのように日課を決めて毎日続けることが大切になるんでしょうね。
ところで、思い切って、寒い冬は暖かいところへ移動してしまう。という手もありますね。うーん、お金がかかりますねー。  常夏のハワイの映像をテレビで見ながら、こんな事考えてます。  引退した朝青龍は厳寒のモンゴルを避けてハワイで休養だそうです。

2010年1月28日木曜日

バードウォッチング

望遠鏡を買って、鳥を見に行くようになって数年になります。夫と二人で散歩する週末には必ず、望遠鏡を持って行きます。近くに沼があるので、それほど遠くに出かける必要もありません。鳥を見ているとなんて美しいんだろうと感心してしまいます。色も形も完成された造形美がそこにあります。神のなせる業としか思えません。それに、目がかわいいです。小さくて真っ黒で、あいらしいその目に感動さえ覚えます。首をかしげる様も魅力的です。なかなか鳥の名前を覚えられないのですが、それより出会えた鳥との瞬間を大切にしたいと思っています。
まだ、写真に撮ろうという気にはなりません。先日はカワセミをじっくりと見つめる事が出来ました。まるで宝石のように輝いて見えました。

2010年1月18日月曜日

病めるときも

夫が腹痛を訴え、心配だ。昨夜は良く眠れなかった。腎臓結石があるので、そのせいだと思うが、朝方には嘔吐を繰り返したので、とても心配だ。
病める時も常に夫を支えて行くと結婚式で誓ったのだから、夕食には消化のいいうどんを作った。早く良くなってほしい。
いつも元気な夫が具合が悪くなるだけで、こんなに不安になる。
健康は損なわれた時に初めてありがたみがわくものだということがしみじみと解った。

2010年1月17日日曜日

寒がり

一月は最も寒いのかしら?なにしろ寒いと、気持ちも沈んできませんか?
日が短いのも不安になりませんか?朝、真っ暗なのは元気がでません。夕方、真っ暗になるのが早いと、早く家に帰りたくなります。
風が強い日はそれだけで哀しくなるのです。
季節の移り変わりで気分はずいぶんちがいます。これ心のありようの最大の原因になってると思いますが、、、。

早く春になって暖かくなって欲しいものです。