私たち夫婦は週末、近くの沼や林に鳥を見に出かけるのを趣味としています。ついでに歩くことで運動不足も解消しようと言うわけです。すると、かならず同好の人物に遭遇するわけですが、ここはあたりさわりのない挨拶と鳥の情報交換程度にとどめます。ですから自己紹介して名前や住所、職業を明かす事はまず、ありません。また、押し付けがましく鳥の説明などするのもいかがなものかと双方、遠慮します。いたって、フラットでさっぱりとした会話でしょうか?一期一会のまじわりでしょうか?そして、私たち夫婦も野鳥の会に入るとか、地域の自然保護団体に加入するとか、一切していません。あまり拘束されるのも、この年では嫌なんですね。同好の諸氏も同じような傾向のようで、多くは一匹おおかみ的でひとり、双眼鏡をのぞき、三脚にレンズ、デジカメをセットしじっとたたずんでいます。軽く会釈して、今日は何がみえますか? なんて一言二言、会話するだけです。
でも、私はそんな関係が好きです。邪魔しないように、鳥の方へ視線を送りながら、さりげなく行き過ぎる。
そんな交際?のなかで、鳥の写真をブログに紹介し、また日常の季節の花や虫、自然をのせていた方が突然、ガンで亡くなりました。わずか一ヶ月の闘病でした。顔も知らない、会った事もしゃべった事もない人でも、この死はショックでした。写真や文章から人となりは感じられますから、、、。ガンの告知を受けてからの彼になんとコメントしていいのか、迷い悩みました。
人生の最後を迎えるかもしれない人に、本当にむずかしと思いました。はかない人生と、後にのこされる膨大な記録?このバランスにむなしさを感じます。パソコンの中に生まれたささやかな交流の糸はこの後、ちりじりに消えて行くのでしょうか。
今日は静かな沼ににぎやかな鴨の声が 楽しげでした。散歩する人、ジョギングする人、釣りする人、、。のんびりと歩きました。

癌病棟にしょっちゅう出入りするようになり、病棟内で、昨日見た人が、今日はそのベッドがカラで、死ぬためにホスピスに連れて行かれた、などという話も慣れっことなってしまいました。癌などにかかってしまっても、体が許す限り、最後まで、普通に人と交流し、普通(っぽい)生活を送りたいと思うものです。実際、自分がなったら、そんな悠長な事行っていられないかもしれませんが。
返信削除パソコン間だけでなく、普通に毎日顔を合わせる付き合いでも、最後にちりじりは仕方ないと言えば、仕方ないかもしれません。ありきたりの言い回しですが、今、生きている時間を大切にしたいですね。
こんにちは。はじめてコメントさせていただきます。癌だった友を今年なくしました。彼女はFacebookに名前だけ登録していたので、数ヶ月後に私から亡くなったことを報告しました。Facebookにはそういうシステムがあるのですが、他はどうなのかわかりません。先のことを考えるべきかもしれませんが、後悔しないよう今を生きれば良いかな。環境の良いところにお住まいのようですね。こちらはそろそろ雪が来そうです。
返信削除ミニさん
返信削除普通に生活してる。ありがたいことなのですね。母は一人暮らしを懸命に送っています。そして、私と昔話をする時、生き生きと表情が変わります。もう、昔しか関心がないようで、さみしいです。
少なくとも、私には未来に夢があります。イギリスに行く事です。叶いますように。
アネモネさん
返信削除コメントありがとうございます。私もフェイスブック時々、のぞいてます。芸大に通う姪が教えてくれました。彼女、最先端のアーティストなのでぶっ飛んでます。そのエネルギーは私を元気にしてくれます。おばちゃんも張り切って行くわよー。なんて、、。
田舎くらしですが、夫婦仲良く?暮らしてます。これからもよろしくお願いいたします。