2010年9月20日月曜日

敬老の日

この日、やたら老人をとり上げるマスコミ。日本は十分に高齢社会になっている現実からすれば、高齢者はもう十分に発言力なりパワーなりを発揮すべき時なのではないか。
私も老いを意識し、介護や遺産や相続や、はたまた娘の行く末まで思うようになっているのだから、やはり切実である。
しかし、打つ手があるようで,実はまったくの不確かというのが事実だろう。私でさえ、明日を知る由もない。生、老、病、死、この四苦に無条件で納得し、覚悟し、悟ることができようか。
宗教教育といかなくとも、少なくとも限りある生命であることを、もう少し前に自覚し、恐れおののく自分に向き合う機会が必要だったかもしれない。
母の今をここ数年見て来て、やっと自覚できた次第だ。親とはそのような最後の教育もしてくれる者なのかもしれない。
さて、私は娘にどのように映っているだろう。そして、どのような老母となって行くだろう。ここも未知の世界だ。

1 件のコメント:

  1. 病人を持つようになってから、早いながらも、私も自分の老後の事を考える事が多くなりました。できるだけ、他人の世話にならないようにと、そればかりです。最終的には、自分でできるだけの事はして、後は天まかせとなるのでしょうが。

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